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一つ放しては神仏に祈り… 
二つ放しては子孫の繁栄を祈り… 
三つ放しては自らの邪気を祓う…
神武不殺



檜の山
◆霊峰五葉山、ここは藩政時代、伊達藩直轄の「御用山」として手厚い保護下にあった。それは当時、巨大鉄砲藩として恐れられていた伊達藩の「火縄」がこの山から産出された檜を原料に造られていたからである。

 古記録によると、伊達藩に献上された火縄は、年間14000尋(1尋1,5m)21000mにものぼり、それが百年間も続いたとされており、江戸時代、国内最大の火縄の産地であった。


甦った鉄砲隊
◆巨大鉄砲藩と恐れられ、奥州伊達藩を支えた日本一の「火縄」を産出した五葉山。その歴史的背景から五葉山の麓、滝観洞において、砲術家一門の火縄銃演武が実現した。


 霊峰、五葉山並びに阿弥陀堂に対し、先祖供養と先人が築いた業績に感謝を捧げる証しとするため、鉄砲隊を復活させることになった。これに呼応し町内より所蔵の火縄銃の寄贈が相次いだ。


このときから、古武道としての流派を継承し、且つ、地元産出の檜による火縄を使った日本で唯一の火縄銃鉄砲隊が、平成三年如月に結成されたのである。
 




平成の家臣

◆日本鉄砲史学会会員で火縄銃研究家の川越重昌氏並びに江戸時代の甲冑とその技術を研究している寺田勝廣氏の指導のもと、当時使われていた火縄の復元と甲冑を自作、その後において、江戸以来の再現となる甲冑への魂入れ、「献茶の儀式」が登米伊達家・伊達宗弘氏の立ち会いのもと行われ、神仏に対する真摯な感謝の念を捧げ、その加護の主体となる魂を鎧に吹き込んだ。

また、仙台在住の伊達家十八代当主・伊達泰宗氏より、火縄銃鉄砲隊に、伊達家の家紋「竹に雀」の使用を許可され、火縄銃鉄砲隊は「平成の家臣」として一世紀の時の流れを経て、伊達藩鉄砲隊として、ここに甦ったのである。



羅象館(檜山地区)
◆羅象館は五葉山火縄銃鉄砲隊の活動拠点であり五葉地区の檜山集落にある。

 鉄砲隊はこの羅象館で諸々の行事を決め、砲術を鍛え、客人と親睦を深めるのだ。
 




  

鎧工房仰獄庵(五葉地区公民館内)

◆五葉山火縄銃鉄砲隊の鎧はすべて自らの手で作った鎧である。

 鎧兜の書物を研究し、実際に装着できる鎧を作っている。一体の甲冑を制作するのにだいたい3ヶ月程の時間を要する。

 工房で鎧作りを体験したいという方は工房に泊まり込みで合宿する。
(※見学も可能だが、見学する場合は一度御連絡お願いします。)


羅象館五右衛門風呂

◆平成16年、地域住民と岩手大学農学部三宅研究室の学生等と共に五葉山火縄銃鉄砲隊の活動拠点である羅象館に再現した。

川のせせらぎが聞こえる気持ちの良い五右衛門風呂は季節によっては蛍や紅葉が楽しめる。


 


(※五右衛門風呂は要予約制であり体験料として薪代をいただいている。)






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